すみっこでボソボソ

・・・ん?

「あの日、君は何をした」

まさきとしかさん著「あの日、君は何をした」読了。

 

私の両親、義父母はすでに鬼籍に入っている。

義父母の葬儀の時、私に悲しみの感情は無かった。遠く離れたところに住んでいて、結婚以来、指を折って数えられるくらいしかお会いしたことがないのだから、悲しみが沸かない自分を特に冷たい人間とは思ってなかった。

自分の親の葬儀では、これもまた悲しみを感じてなかった。母の通夜の祭壇の前で私が思っていたことは「この人はとうとう最後まで私に謝ってくれないままだったな」だったし、父の葬儀は色々突然すぎて現状に頭が付いていかなかった。

 

あの日、君は何をしたの読み初めに、いづみさんの圧倒的な悲しみを、でもちょっと歪だよねと感じてた。いづみさんの悲しみっぷりが圧倒的すぎて、悲しいのは分かるけど娘だって同じ我が子なのに、生きている娘にそそぐ愛情は悲しみの前にそんな簡単に消え失せるの?と。理解が出来ない。

家族の一人の死が、いくら理不尽な死だったとしても、それが生きている2人の家族への慈しみを跡形もなく吹き飛ばす?それって私が人の死をあまり悲しめない人間だから?と思いつつの序盤。いづみさん、分かるけど分からないと思ってた。

 

野々子さんの「もし、~~した時、自分はどう感じるんだろうか」と言う不安の方が、私には身近な感情。どう感じるんだろう。自分にそのような感情が沸くだろか。体験したことがないと、自分が普通にみなと同じ感情を持てるか分からない。

 

それにしても、この本のラスト。

一旦、哀れなりにほっとする部分を描いておいて、その後に、すべての始まりが何処にあったのか分かった瞬間、でもいづみさんの悲しみの歪さや諸々考えると、遺伝子的なつながりを思わせる部分もあり、ちょっと鳥肌。